[ボスニア・ヘルツェゴヴィナ] クロアチア経由でボスニア・ヘルツェゴヴィナへ

[ボスニア・ヘルツェゴヴィナ] クロアチア経由でボスニア・ヘルツェゴヴィナへ

素晴らしかったスロベニアを経て、クロアチア、そしてボスニア・ヘルツェゴヴィナへ。

クロアチアのアドリア海沿いも行ってみたかったのだけれど、また友人や家族と訪れる機会があるだろうと思い、今回は北の内陸部を通って、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを楽しむことに。

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クロアチア経由でボスニア・ヘルツェゴヴィナ入国

スロベニアの国境を越え、クロアチアへと入国。国境までスロベニアでお世話になったワークアウェイのホスト家族のジョンが送迎してくれた。そこからヒッチハイクでクロアチアの首都ザグレブへ。

最初にATMで3000円ほど引き出そうと思ったら、一桁間違えて30000円ほど引き出してしまうという失態。よっしゃーこれで遊びに行こう!というわけにもいかず、すぐにUSドルに両替してもらったけれど、無駄に損してしまった。まあ、そんな小さなことはどうでもよい。

ザグレブの街は首都だけれど、こじんまりした感じ。歴史的な建築物が建ち並ぶ中心部は、路面電車が走る。

ザグレブの中心は聖マルコ教会で、屋根の美しいモザイクがトレードマーク。

街の中心部にある展望台からは、ザグレブの街が一望できる。

ここではカウチサーフィンでフレウルのお宅にお世話になっていました。アルバニアの出身だけど、仕事の関係でクロアチアに住んでいる。自転車を貸してくれて、二人でザグレブ中を走り回ったり、中心街で何故かイカ墨パスタ食べたり。

短期間の滞在だったけれど、今となっては良い思い出。

ザグレブを離れた後は、スロヴォンスキ・ブロッドという街に。農場を3週間ほどワークアウェイで手伝う予定をしていたけれど、居心地がよくなかったので5日ぐらいで止めて、ボスニア・ヘルツェゴヴィナへ。

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ボスニア・ヘルツェゴビナ最初の街はバニャルカ

クロアチアから国境を越え、ボスニア・ヘルツェゴヴィナへ入国。サッカー好きの私にはあの元ジェフ千葉、または日本代表監督のイビチャ・オシム監督の故郷という事で、少し親近感のある国だった。

そんなオシム監督の母国ボスニア・ヘルツェゴビナはボシュニャク人とクロアチア人主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、セルビア人主体のスルプスカ共和国(セルビア人共和国)という2つの構成体から成る連合国家です。

なぜ連合国家となっているのでしょう?

ユーゴスラビア連邦では、クロアチアやセルビアなどが民族ごとの国家が存在していましたが、多民族による混住となっていたいたボスニア・ヘルツェゴヴィナでは特定民族の国家をつくることはできず、民族混在のまま地域的な共和国としてボスニア・ヘルツェゴビナとされていました。

しかしユーゴスラビアからの独立時、各国が民族ごとに独立していく中、ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは独立の可否や国のあり方をめぐってボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人がそれぞれ民族ごとに分かれて争うことになり紛争状態に。

文化や言語はほぼ同じでも、宗教が3つの民族では違った。ボシュニャク人はイスラム教。クロアチア人はカトリック。セルビア人はセルビア正教。

紛争は1991年から1995年まで続き、合意により、クロアチア人・ボシュニャク人がボスニア・ヘルツェゴビナ連邦、セルビア人がスルプスカ共和国というそれぞれ独立性を持つ国家体制を形成し、この二つが国内で並立する国家連合として外形上は一国と成すこととなったのです。

そのためボスニア・ヘルツェゴヴィナでは、3つの主要民族から1名ずつ選ばれた代表者によって構成される大統領評議会が国家元首となる集団指導体制がとられています。大統領が3人存在する国。

そんなボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロアチアから国境を越えて、最初に到着したのはバニャルカという街。この街は、セルビア人主体のスルプスカ共和国の首都です。看板にも「ようこそスルプスカ共和国バニャルカへ」と書いてありました。

彼らのアイデンティティはボスニア・ヘルツェゴヴィナというよりも、セルビア人という事の方が強い。

バニャルカ周辺は緑が多い美しい場所でした。ここでもたった25年前までは紛争があったのだとは信じられないくらい穏やかな場所。

ここバニャルカでもカウチサーフィンでイゴールの家に宿泊させてもらっていました。イゴールは日本人相手にオンラインで英語を教える仕事をしている。いつか日本に招待できればいいな。

バニャルカの街の郊外には美しい川が流れていて、こんな夏の暑い日にはリバービーチにたくさんの人が集まる。日本だと川がビーチみたいになっていて、人が集まる場所があるって、あんまりないですよね?

彼が紹介してくれたボスニア・ヘルツェゴヴィナのソウルフードが「チェヴァピ」。スパイスで味付けをした挽肉を小さく筒状に丸めたものをグリルしたお肉料理で、パンにはさんで食べる。味付けはトルコ料理に似ている。

オスマン帝国による支配が長かったから、大きな影響を受けているのだろう。それにしてもチェヴァピおいしいです。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの田舎を満喫 シポボにて

バニャルカを去り、続いてはシポボ(Šipovo)という小さな田舎町へ。この街ではペジャがカウチサーフィンでホストしてくれました。

パンクロックが好きなペジャ。忍術を学んだことがあり、彼女はくノ一なんだって。

彼によるとここシポボの名物は川から獲れる魚!うまい!

ボスニア・ヘルツェゴヴィナを旅していて印象に残ったのは緑に溢れていて、美しい川がたくさん流れていたこと。このシポボの街の郊外にも、のどかで素晴らしい自然がたくさん。

牛までマイナスイオンたっぷりの川で水浴び。

ある日にはペジャのオンボロのソビエト製の車で、シポボ郊外へドライブ。

のんびりと田舎道を走る。

最初の目的地はエコゾーン・ゼレンコヴェック(Eco Zone Zelenkovac)。森の真ん中に山小屋がアートギャラリーがあり、ここに宿泊したりキャンプしたり、レストランで自然の中で美味しい食事を頂くこともできる。

ここで昼食を食べ、ビールを1杯。

昼食後は、車をシポボ方面へ走らせる。が、途中で自然公園の看板を発見。せっかくなので立ち寄ってみることに。

トレイルに沿って歩いていくと、美しい川が姿をあらわす。何ここ?めっちゃくちゃ自然がきれい。

どんどんとトレイルを奥に歩いて進んでいくと、わお!洞窟を発見。

洞窟の中から水が湧きだしてきている。もうこれ以上は進めない。

こんな風にツーリストにはまだまだ知られていないけれど、驚くほど美しい場所ってたくさんある。ほとんどの場所はアクセスが悪く、有名になっていないだけ。

え?バーベキューに?豚の丸焼き?もちろん参加します

滞在していたシポボからヤイツェという街までヒッチハイクしようとしていたある日。ノリのいいおじさんが車を止めてくれた。

「ヤイツェに行くのもいいけれど、俺たちはこれからバーベキューをするんだ。よかったら参加していかないか?」との、ありがたいご招待。今思い出すと東ヨーロッパの人々って、今いる南米の人たちみたいに気さくでフレンドリーな人達だったな―と思う。

バーベキューをやったのは、こんなきれいな川のほとり。

バーベキューといっても、日本のバーベキューとは全然違う。まずは、子豚の肛門から口にかけて、鉄の棒をぶっ刺す。

そしてクルクルと回しながら、ゆっくりと丸焼きにしていく。日本でこんな風にバーベキューしていたら、めっちゃ注目されそう。

ビールやおつまみを楽しみながら、待つこと数時間後…豚の丸焼きの出来上がり!

豚の皮がパリッパリで中はめっちゃジューシー!こんなにうまい豚食べたことない。

誰もがボリュームたっぷりのバーベキューに満足。

いやいや、こんなに最高のバーベキューに招待してもらって本当にラッキーで感謝!言葉も通じないのに(笑)

お腹いっぱい食べた後は、近くの湖で泳ぐ!ボスニア・ヘルツェゴヴィナの夏はめっちゃ暑いので、湖水浴は最高に気持ちいい!

水着もなかったので、そのまま来てる服でズドーン!

ありがとうボスニア・ヘルツェゴヴィナと人々!こんなにいい人達なのに国内で民族同士の紛争があっただなんて信じられない。もうボスニア・ヘルツェゴヴィナの大ファン。

おわりに

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