アゼルバイジャン バクー散策 そしてイランに入国した瞬間に警察に連行される

アゼルバイジャン バクー散策 そしてイランに入国した瞬間に警察に連行される

カザフスタンのアクタウを出港して24時間後、ついに対岸が見えてきました。カスピ海の向こう側に見えるのは、高層ビルが立ち並ぶ近代的な都市の姿。アゼルバイジャンのバクーに到着です。

アゼルバイジャンでは、ちょっとしたハプニングが発生し、超短期間しか滞在しませんでした。(本当はもっと滞在したかった)すぐにイランに入国するも、ここでも小さなハプニング続き。少しついていない期間だったなー。

 

バクーに到着 オイルマネーで潤う都会

アゼルバイジャンは旧ソビエト連邦の国で、1991年に独立した新しい国。到着して感じたバクーの第一印象は、近代的な都会だなーと。イスラム教の人々がほとんどらしいですが、若い女性でもスカーフをかぶっている人は、ほとんどいませんでした。

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アゼルバイジャンと言えば、その豊富な石油産出量で有名。そんなアゼルバイジャンの首都バクー。バクーは、現在では、「第2のドバイ」とも呼ばれ、オイルマネーで潤っています。

なんでもアゼルバイジャンは古代から石油が豊富に採取できることで有名だそう。何とバクーでの石油の採取は紀元前より行われていたらしい。ミイラの防腐剤などに使用するために、皮袋に入れてラクダで運んでいたそうです。

そんなバクーですが、まずしなければならなかったことを先に。キルギスタンで申請し、アゼルバイジャンのイラン大使館で受領できるように手配しておいた、イランビザを受け取りに行くことです。

早速イラン大使館へビザを受け取りに行きます。ビザは無事に受け取れたのですが、思っていたビザの情報と少し違う。思っていたのは、イランに入国してから観光ビザが1ヵ月有効になるだろうということ。しかし、何とイランビザを受け取った今日から、もうビザが有効になっているらしい。

つまりイランに1ヵ月しか滞在できないビザがもう有効になっているというのです。しょうがなく、翌日からイランに入国することに。イランに行くのも楽しみにしていたので。結局アゼルバイジャンには数日しか滞在できずに、良くこの国の事を知る前に去ることになってしまいました。

ここアゼルバイジャンではオイルマネーが流入している首都バクーと、まだ伝統的な生活が残る田舎の地域の両方を見てみたいなーと思っていたのですが。人々もすごく感じがよく、もっと仲良くなりたかったのですが。それはまた次の機会ですね。

しかし限られた時間を使って、バクーの町を歩き回ってみました。バクーは、もともとペルシア系のゾロアスター教を信じる人々の多い街であったそうですが、アラブ人やテュルク系の遊牧民が侵入してきたことにより、イスラム教がこの地域にも浸透していきました。

16世紀以降はイランとトルコ間で争奪戦が続き、その後19世紀初頭にはロシア帝国によって占領されるいことになります。そしてそのロシア人により近代都市が建設されました。このように様々な民族の支配を受けたことにより、バクーはアラブ、イラン、ロシアなどの文化が共存するようになったのです。

まずは城壁に囲まれた旧市街に行ってみました。旧市街の入り口はこんな感じです。雰囲気があって、いかにも旧市街という感じです。

そして城壁の中に入ると、石畳の通路にイスラム風の建築が建ち並んでいます。日干しレンガ造りの民家があったり、道にせり出すように飛び出た窓・バルコニー?もいい感じです。

アジアとヨーロッパを結んだ交易路シルクロードの中継都市でもあったバクー。近代的な都市であるバクーにおいて、城壁に囲まれた旧市街ではその当時の面影を感じることもできます。ちなみに、旧市街からはカスピ海も眺めることができます。

アゼルバイジャンはその昔、火を崇拝するゾロアスター教の国であったことから、別名「火の国」とも呼ばれています。バクー市内にそびえ立つ「フレームタワー」は、そのシンボル的存在。もちろん旧市街からも見ることができます。

旧市街での散歩を終え、新市街に来てみると、そこはまるでヨーロッパの街に来たみたい。大きなショッピングモールもあり、センター通りにはブランドの店もたくさんあります。そんな近代的な町に合わせたように、しゃれたタクシーも市内を走り回っています。

せまい通りを歩いているとロシアの影響も発見しました。ロシア正教会の姿も確認できます。

このように色んな文化が混ざり合ったバクー、アゼルバイジャン。もっと探検したかったのですが、さようなら。また次の機会に。

 

バクーからイランへ入国

バクーから国境の町までは電車がありました。ここでもできるだけ早く移動したかったので、ヒッチハイキングは休憩。電車で国境の町アスタラへ向かいます。国境に到着すると、人でごった返していました。何でも国境が昼休憩に入り、閉まっていたのです。

国境の手前では、多くの人が「衣料品が大量に詰まった荷物を、イランまで運んで行ってくれ。20ドルでどうだ?」という風に問いかけてきます。以前にこの国境を越えた友人は、荷物を運んで20ドル稼いだそうで、「リスクもないし、したほうがいいよ。」と言われていました。

しかし個人的に、荷物の中に何が忍び込ませてあるのかもわからないので、リスクは避けて運び屋にはなりませんでした。

そして国境がオープン。我先にと人々が出国ゲートに押し寄せます。それでも進むのがめっちゃくちゃ遅い。国境を超えるのに4時間ぐらいもかかってしまいました。

そしてイラン側の国境に到着。ホメイニ氏の写真も確認し、ついにイランに来たんだなーと実感します。運び屋にもなっていないし、何のリスクもないはず。スムーズに入国できるぞー、と思っていたのですが、、、

何故かビザがあるにもかかわらず、スタンプを押してもらえず警察に連行されました。イミグレーションから警察に連行される姿は、まるで犯罪者。アジア人が警察に連行されているぞーというような好奇の目でジロジロとみられます。何も悪い事してませんけど(少なくともイランではまだ)

警察に行き、長時間待たされ、両手の指紋をガッツリとられました。罰金などはなく、ただそれだけ。この国境を通過する旅行者?日本人?は指紋をとられるのかな?

ここからタブリズまで、今日中にヒッチハイクで行こうと思っていたのにー。しょうがないので今夜はここに一泊。翌日からタブリズを目指しました。

ヒッチハイクは簡単に成功。ちなみにイランやアラブの国では親指を上げてヒッチハイクするのは、侮辱の意味になるので良くありません。タクシーを止めるように手を振って、ヒッチハイクしましょう。タクシーまで止まってしまうのが困りますが(笑)

写真はありませんが、アスタラからタブリズまでの山岳地帯は絶景続きでした。次回はぜひもっと探検してみたい場所です。

無事にタブリズに到着。カウチサーフィンで泊めてもらおうと思っていたのに、止めてくれる予定だった人が泊められなくなり、急遽宿を紹介してくれることに。せめて安い場所が良かったけれど、そんなに安くない場所へ案内してくれた。

そんなことも関係し、あまりタブリズにも長く滞在できずに、すぐにクルディスタンのサナンダージへと直行してしまいました。しかしここから運気が一気に上昇してきます。クルディスタンは予想以上に素晴らしい場所でした。

あまり旅先として知られた場所ではないですが、ぜひとも誰もに訪れてほしい場所です。

クルディスタンを訪れた、旅の続きはこちら

イラン クルディスタン 絶景の村々を訪れる

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